宇宙人家族

夫婦と子ども三人、その内実に母さんと三人の子どもが発達障害や知的障害とか抱えちゃってたよ!って一家のいろんなお話です。

ご無沙汰していたのは

障害を盾におかしな振る舞いや物言いをする人がいて、マスゴミがそれに踊らされていて、よく事情を知らない一般人がワーワー喚いているのがウンザリしたからです。

もともと騒動を起こした人は当たり屋みたいなもので、それに賛同している人も個人的には好きではなく。

ただ、外国メディアまで取り上げたことに驚きを感じ得ず(事実だけならけしからんですが、依頼する義務を放棄してその上で強行突破したのは更にけしからんと思います)、うわべしか見ないで物事を語るのは愚かだし、目に見えにくい障害を持つ私たち家族には甚だしく迷惑だし、

テレビや新聞などは他にも気持ちに余裕のない人たちが重箱の隅をつつく様なネタが溢れているので積極的に見ることはありません(私、ロービジョンでもありますので)。

一方に偏った物の見方や言い方は得てして危険であるな、と最近思うことが多かったのです。

いつもニコニコしてますね、と言われるけれど

それは悩んでるばかりでは何も解決しないからだったり、子どもたちの前ではせめて笑っていたいから。

母さん、子どもの頃に出かけた夏祭りで虻に刺されて酷く痛い目に遭ったんですがその時にジツボからなんの手当てもされないだけではなく

「いつまでも泣いていてみっともない!煩いから黙りなさい!」

などと怒られて、それ以来人前で泣く事はほぼほぼ無くなりました。あったとしても家族の前ではありません。

笑っていれば良いことがある、なんて思ってないし言いもしないけれど泣いてばかりよりは良いかも知れない。

気が済むまで泣いたら、笑うだけなのかも知れない。

でも、見た目だけで決めないで下さい。いつもニコニコしてるからって、胸の中までニコニコしているとは限らないって。

同時に、ニコニコしてますねって言葉をかけて貰うと、少しは嬉しいです。その言葉の裏側にあるのが、もしかしたらこれまでいろいろ大変だったでしょう、と言う労りの気持ちが隠れているのかも知れないから。

母さんは臭わない

宇宙人家族の母さんは臭わないです。

この「臭わない」は母さん自身が臭わないカラダと言う意味ではなく、発達障害の特性なのか、あらゆる物の臭いを感じる事が大変に困難であると言う事を指し示しています。

例外としてアレルゲンである塩素やアルコール類、いつも使っていない粉末洗剤やフレグランスが過ぎる柔軟剤と言ったやはり発達障害の特性の過敏さが目立ちます。

臭わないと言う事は物の良さが半減すると言う事です。

美味しいものが美味しく感じられませんし、美しい花が美しく感じられないと言う事です。

良い匂いだなぁと家族が話してる場合、大抵、母さんは匂いません。因みに鼻づまりは一切ありません。スッキリしていても臭わないのです。

食べられる物が食物アレルギーやグルテン不耐性のおかげでめっちゃ少ないので、数少ない口に出来る食品が持つ香りがかげたら良いのになって母さんは思います。

生涯通して学べると証明することが可能だとするならば

最近、発達障害が話題になっています。広告も発達障害のお子さんの…みたいなものが目に付きます。

カテゴライズが嫌なのではないんです。

発達障害のお子さんは勉強して伸び代があります、みたいな空気が嫌なんです。

わが家の息子氏は落ち着いて勉強する環境に身を置けなかったこともあり、大の勉強嫌いです。でも、働いて自立するんだと宣言しており、それはそれで有難いですし勉強を無理強いするつもりもありません。

テツコは知的障害でIQも57とかなんですが、知的障害で大学行きたいですなんですよとSNSの掲示板で呟こうものならフルボッコになる様を見てきました。

よく考えてください

親は子どもより先にいなくなります

働いてお金を稼ぐことを教える方が良いのではありませんか

ページをいくら下にスクロールしても車座の中心に相談したお母さんが座らされて酷いいじめにあっている様な気分になって。

どうして、知的障害のある子どもが勉強したいと思うことを叶えてやりたいと思ってはいけないのか。作業料が最低賃金いかない様な環境に放り込んで大人しくしていれば良いと言うことに納得いかないと思うのはおかしいのか。

テツコは10歳から公文の教室で国語と算数、11歳から英語の学習を始めました。

最初は特別支援学級のみでは読み書きが不十分だろうと考えて、この先生きて行く中で最低限の読み書きと計算が出来ないと…と思って通わせ始めたのですが、ホストファミリーになって英語圏のお嬢さんを受け入れた時に毎日浴びる様に聞いた映画というツールに感銘を受けて三科目学習することになり、教室の先生から勧められて漢検と英検も受けるとメキメキと頭角を現し始めました。

出来ることと出来ないことの差は大きいです。中身は8歳程度です。それでも、中学生になってからずっと、

「高校生になったら勉強をしたい、高校を卒業したらもっと勉強したい」

とまで言うようになりました。それは今も変わりありません。

しかしながら発達障害を支援する動きはあれども、知的障害のある学生を積極的に支援する動きはほぼありません。揶揄する物言いで迷惑だと言われることもあります。

私たち家族、そして現在の在籍校の先生でお話ししているのは通信制の大学ではどうだろう?と言うことです。

現在、週に三日ほどをキャンパスで数時間過ごし、それ以外の日や時間を自宅学習に当てているテツコなので一人で黙々と学生をすることはさほど苦痛ではありません、と言うかその方がスムーズです。

私は側にいて時折、進行の度合いや学習している科目に偏りがないかをチェックしますが過干渉にならないように心がけています。いつまでも私が側にいられる訳ではないからです。

分かりづらくてすみません。知的障害があっても勉強をしたい人がいるって書きたかったんです。

嫌だなぁと思うこと

テレビとかで料理する女の人がネイルをしたままなこと

長い髪の毛を耳にかけながら食事して、落ちたらまた耳にかけ直すこと

自分に甘くて他人に厳しい人

悪いことはしてないから辞めないし謝ることもしないと開き直る人

三人の子どもたちのこと

長女…まさに、典型的な夢の世界の住人(かかりつけのドクターの太鼓判あり)。リアルとバーチャルの住み分けが苦手だった名残は成人した今でもある。

診断はアスペルガー症候群パニック障害で現在はB型作業所に通う日々。

息子氏…長女とは年子でこの世になんとか産まれ落ちてくることができた(紆余曲折を経てまして、これには長女とのことや同居している姑とのイザコザが絡んでくるので機会があれば)。

よく熱を出して、よく入院をして、喘息の発作を起こしては夜中でも救急を受診して、と手のかかる男の子でしたが小学校低学年あたりから自宅含む数カ所での問題行動が発覚し、ADHDから非定型自閉症の診断がおりました。

中学校から特別支援学級に所属して、B型作業所から就労移行支援へ移ろうかな?と準備中です。

テツコ(次女で末っ子)…わが家で一番の宇宙人。常にドリーミング。幼児期の好みのオモチャはトミカプラレール。常にそれらの在庫管理が脳内で為されており、オモチャ売り場では厳しい選抜が行われるのが日常だった。

発語が遅いなど気になることが続いていて(上の子たちの問題もあったので)市の療育相談は利用しながらフツーの幼稚園に入園したものの母子での登園を強要されかーらーのー退園へ誘導されると言う災難に遭う。

通所型の療育施設から中学校卒業までを特別支援学級で過ごしたものの、勉強できる学校に行きたいですと言う猛アピールに受け入れ可能な学校探しに中学校生活の殆んどを捧げた結果、幸いにもとある広域制通信高校で入学を許可していただけて現在は高校二年生に。

これからの問題は更に勉強をしたい!と前にも増した学習欲をいかにして満たすか?それに尽きる。

やる気スイッチ?美味しいの?と言う長女

常にイライラしてる息子氏

ドリーミングかと思いきやいきなり呪文詠唱始めるテツコ

ここに(上の子二人が言うには)おかしな知識しかない私が加わるのでカオスな日常しかない訳ですが、まあ、なんとか毎日生きてます。

変わってるけどおとなしい子ども

それが私の学童期までの印象らしい。

イジメが原因で今で言う不登校とか環境不適応とかで学校はかなり休みがちだったし、どこか夢見がちでもあった。

本を読むのが好きで百科事典のセールスが家に来た時も今までに読んだことのない本に興奮しすぎて買っては貰えたけど、それからしばらくの間はハハオヤに文句ばかり言われていた記憶がある。

体の弱いアニ、末っ子で甘やかされ放題のイモウトとに挟まれてる典型的な中間子で気ばかり遣ってやたらに何かを欲しがるとかした事はなかったし、高校は楽しかったこともあって何としても皆勤で卒業するんだ!とか頑張って、成績も良い方で、つまりは褒めて欲しかったのだろうと今は思う。

子どもの頃の記憶はほぼほぼ無くて、それは不意にやってくるフラッシュバックで再生される辛すぎる過去の自分で50近くなった私がオロオロして立ち止まってしまう様な辛いモノしかない。

だから、私のことや子どものことを書こうとした時にどうしても時系列通りではなかったり、時には事実に反する形になってしまうかも知れないけれど、その時は訂正していくのですみません。

次は子どもたちのことでも書こうかな、と思ってます。